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親子ネット関西 発足宣言

私たちは、離婚・別居によって実の子どもに会えなくなった、 もしくは会いにくくなっている親たちのグループです。 日本の民法は、離婚後の親権をどちらかの親に決める単独親権制度 をとっている。

親権を持たない親と子どもとの交流に法的規定はありません。 親権を持つ親が拒否すれば、もう一方の親が会うのはきわめて難しいのです。 この2月、大阪で当事者たちの会が開かれ、15人ほどが参加した。 子どもと引き離された親の苦しみはみな切実です。 また、離婚後も子どもの成長に父と母が関わる方がよいことは、 多くの専門家が指摘している。

私たちは子どもの最善の利益を考えた法改正に向けて新しい組織を発足させることになった。 年間25万組、実に3組に1組のカップルが離婚する時代です。 この問題に悩んでいる親は潜在的に多いと思われます。 「単独親権制度」はすでに制度疲労していると言ってよいだろう。

離婚は夫婦の解消であって親子の断絶ではありません。 夫婦の問題と親子の問題は分けて考えるべきです。 日本も欧米先進国のように、双方の親が法的な権利義務を持つ 共同親権制度に移行するべきである。 そして一日も早い親子の交流実現を願います。
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平成21年3月29日
親子ネット関西


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朝日新聞 声欄に掲載
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  by mousavian | 2009-03-31 01:11 | 各地域の活動

小田切紀子氏講演会 報告

3月21日(土)、国立市役所第一・第二会議室にて、国立市主催、くにたち子どもとの交流を求める親の会・Mother's Wish 母の願い運営による、「離婚と子ども」講演会がおこなわれた。
講師は、臨床心理士で、現在東京国際大学社会学部教授の小田切紀子氏。
場所が都心から遠いことと、連休の中日にもかかわらず、38名の参加があった。

小田切氏は、2008年の離婚件数26万件は、数字としてはとくに増えている訳ではないが、子どもの4.3人に一人が親の離婚を経験している現状から、離婚が子どもに与える影響、その際どのようなことに配慮すべきかを話した。

また、小田切氏は離婚した母親とその子どもを支援する活動をしており、年一回の合宿などを通して主に母親と接する機会が多いことから、母子家庭の具体例を多くひいて説明した。


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  by mousavian | 2009-03-22 18:42 | 離婚と子ども

片親引き離し症候群(PAS)

夕刊フジ3月20日 f0163079_235489.jpg

「『離婚後の共同親権を考える勉強会』  
片親引き離し症候群(PAS)が
親子の面会を妨げる最大の要因
立法と行政の素早い対応が必要」

http://www.zakzak.co.jp/top/200903/t2009031955_all.html

------以下、転載-------
会えない長男から「死んでろ」メール…離婚後の親権
片親引き離し症候群

「離婚後の共同親権を考える勉強会」 親と子が引き離され、顔を合わせることさえかなわない-。北朝鮮による拉致の話ではなく、離婚というさほど縁遠くない原因によって多くの親がわが子に会えぬ苦しみを味わっている。


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  by mousavian | 2009-03-20 19:22 | 報道記事

離婚後の共同親権を考える勉強会 第三回 報告

 3月17日、衆議院第二議員会館にて、親子ネットは、「離婚後の共同親権を考える勉強会―離婚・別居によって会えなくなった親子第三回」を開催した。
この日は、衆議院の本会議が開催中であり、参議院でも各委員会が開かれていたため、議員は代理出席や資料請求が多かったが、下村博文衆議院議員が出席したほか、18名の国会議員が参加、50名の来場者が第一会議室を埋めた。

 また、今回の勉強会に前後して、3月4日産経新聞、3月5日「ふぇみん」、3月20日夕刊フジと国会勉強会での報道がなされたほか、ヤフーニュースで「共同親権意識調査」が行われる(結果は共同親権制度の新設に賛成58%〈7902票〉、反対29%〈3935票〉 、わからない14%〈1884票〉)など、この問題に対する各方面での関心の高さがうかがわれる。
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 今回のテーマは、「離婚と『子どもの最善の利益』」。
 日本では「子どもの福祉」を理由に裁判所が親子の交流を阻害するのに対し、共同親権・共同監護が実現した国では、「子どもの最善の利益」をもとに離婚にともなう子どもの養育が決められる。

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  by mousavian | 2009-03-19 18:56 | 国会情報

離婚後の共同親権について考える勉強会

「離婚後も子供に会いたい」…全国ネットワーク設立 「共同親権」新設求める
2009.3.4 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090304/trd0903040810002-n1.htm

離婚後の共同親権について考える勉強会。「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」の会員や国会議員らが出席した=2月17日、東京都千代田区永田町の衆院第二議員会館 離婚後に子供と離れ、児童虐待など特別な事情がないにもかかわらず、面会もままならない親らが子供との再会を求め、運動を続けている。日本では離婚後に親権が認められるのは両親のどちらか一方で、親権を持つ親が拒否すれば会うことは難しい。こうした実情を変えようと、共同親権の新設などを目指し、有志による全国組織「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」(親子ネット、東京都国立市)が昨夏、設立。超党派の国会議員による議員連盟結成の動きもある。(森本昌彦)
 
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「親権がないので、私はどこに行っても親として扱われません。子供が生きているか、死んでいるかも分からない状況なんです」

 離婚や別居のため、子供と離れて暮らし、面会することも困難な状況にある親が集まり設立した親子ネットが2月17日に開いた勉強会。都内の会社役員、望月蓮さん(42)=仮名=は訴えた。

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  by mousavian | 2009-03-07 21:58 | 報道記事

よど号事件

よど号の乗っ取りは1970年のことですから45才以上の人でなければ記憶に残ってはいないでしょう。

北朝鮮に行ってからのよど号グループのことを書いた「宿命」という本を手に入れて500ページを一気に読んでしまいました。思うところはいろいろあるのですが、よど号と拉致事件との関係は有本恵子さん以外にも大いにあると思うのです。あのとき、日本政府が必死になってよど号の北朝鮮行きを止めていたら・・ そのあとのことは変わっていたと思うのです。せっかく金浦空港に足止めしておきながら、山村政務次官と人質を交換しただけで成果を上げたかのように考え、犯人らを国交のない国に先の展望もないままにまるで厄介払いでもするかのように送りこんだまま、その後38年間も放置していることです。

9人で行った犯人たちのために、北朝鮮は8人の日本人女性を妻として連れていって生まれた子供が20人。それに合流した二人とその子どもを入れると40人のよど号グループを北朝鮮は長年面倒を見てきたことになります。調べてみると、すでに妻子の大半は帰国を果たしているのですがこのことにも大きな問題はあります。

拉致なんてした北朝鮮はもちろんひどいですが、この国日本はどうなのでしょう。あまりの無責任さに北朝鮮のほうが呆れて、よど号の妻子達を次々に返してきたのかもしれません。よど号に限らず日本という国は外国に帰国したくても帰れない自国民がいても、助けようともしない国なのでしょう。だとしたらそれとは事情の違う「拉致被害者」たちだって本気で取り戻す気がない、と考えられても仕方ないのかもしれません。

よど号家族や拉致被害者たち帰国者たちの生活はどうなのでしょう。この本を読むと日本に帰ってきたからといって、到底心休まるようなことはないだろうと思うからです。北朝鮮と日本の両側から常に監視されているでしょうから・・(ジェンキンス氏は3ヶ国?) 日本と北朝鮮の関係が北朝鮮優位になってしまったら、彼らは工作員として働かされるでしょう。彼らを本当の「日本国民」にするには、日本国政府の頑張りが不可欠と思いますが今の有様ではとても・・

日本国民は戦後60年頑張って経済発展してきたのにこういう情けない政府しか持てず、老後の頼りの年金を泥棒までされているのです。日本人に生まれてよかったとは言いにくくなりました。
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  by mousavian | 2009-03-06 23:23 | 書庫

学校図書館にいた頃

二十数年前の話ですが、某県立高校の図書室に勤務していました。身分は行政職の学校司書で、当時100校計画として高校が新設されていたのに乗じて大学図書館から転職しました。若くて元気だったので、大学図書館とその周囲の学園都市から脱走して、友人が就職していた県立図書館で働きたいと思っていました。

就職当時は行政職という身分に疑問はありませんでした。教室で授業する教員と自分とは立場が違って当然と思ってましたし、教員になりたいとは思っていませんでした。

ところが、先輩の学校司書たちと出会って話を聞くうちに彼女たちが「教育職」をめざして活動していることを知って影響を受けてしまいました。今にして思えば浅はかでした。「行政職」として採用されていながら、「教育職」として認められるような活動をするのは無理がありました。長年キャリアを積んだ人がその学校で実質的に教育職に近い人として認められている様子を見て、就職したばかりの人が真似をしてみても、事務室の反発を招くばかりでした。

直属の上司である事務長とうまくいかなくなってしまったのは、私が人間関係をうまくやっていく能力がなかったせいで、私がみんな悪かったせいだと今まで思っていた。いやいや、生意気盛りだった私に「教育職」をたきつけた先輩女性たちや大人気なかった事務長にだって、責任あったのではないだろうか。拒食になったり仕事に行けなくなって死にたいような思いをして・・なんで私ばかり苦しんだのだろうと今になってふと思った。
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  by mousavian | 2009-03-01 12:00 | my story

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